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●浅沼稲次郎 あさぬまいねじろう

アジア 日本 AD1898 明治時代

 1898〜1960(明治31〜昭和35)政治家。三宅島(東京都)生まれ。1918年(大正7)早稲田大学政治学科に入学。在学中建設者同盟の結成に参加するとともに,労働運動・農民運動などの社会運動に参加。1925年日本最初の単一無産政党である農民労働党が結成され,書記長に選ばれたが,同党は即日禁止された。その後,全国大衆党・全国労農大衆党社会大衆党などに参加し,1936年(昭和11)以降,衆議院議員として活躍。第二次世界大戦後は,日本社会党の結成に参加し,1948年には同党書記長に選ばれた。1951年の社会党分裂に際しては,右派社会党に加わり,1955年の左右社会党合同とともに再び書記長に就任。1959年3月中国を訪問し,“アメリカ帝国主義は日中両国人民の共同の敵”と発言し話題を呼んだ。1960年3月社会党委員長に選出されたが,同年10月12日日比谷公会堂で演説中,右翼の少年山口二矢(おとや)に刺殺された。

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