●麻田剛立 あさだごうりゅう
アジア 日本 AD1734 江戸時代
1734〜99(享保19〜寛政11)天文暦学を前進させた江戸中期の科学者,医家。豊後国の儒医の家に生まれる。綾部氏。名は妥彰。7歳の時家の縁側にさしこむ陽の位置を1年間印をつけて観察,冬至,夏至の意味を自ら省察した。22歳の時友人に翌年9月の日食を見事に予言。38歳の時,5年間勤めた杵築藩侯の侍医をなげうって大坂に出奔。姓を麻田と改め町医で資を得ながら暦学の研究に専念した。天明の初め,本町4丁目に先事館と称し居を構え,望遠鏡を作り,測器を改良して日夜天文観測に打ちこむ。天明6年正月朔日の日食について,宮暦よりも剛立自作の「時中法」が遥かに精度高く的中。幕府も改暦に際し剛立を招くことを決したが応ぜず,高橋至時,間重富の2門下生を推した。大坂の社会思想家山片蟠桃もまた剛立に学んだ者の1人である。1年の長さや1カ月の長さなど暦の定数が周知的に変化するという独特の論を講じた『消長法』,『実験録推歩法』などの著がある。