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●朝倉孝景 あさくらたかかげ

アジア 日本 AD1428 室町時代

 1428〜1481(正長1〜文明13)越前国守護代として強固な地盤を築き家訓「朝倉孝景条文」(朝倉孝景十七箇条)をのこしたことでも著名な室町時代の武将。斯波氏の守護代であった孝景は応仁の乱に乗じ越前の覇者となった。孝景ののち3代は一向一揆との戦いにあけくれ,義景のとき,織田信長と対抗しこれを超えられなかった。孝景の生涯は策謀と連年の合戦に終始し,1481年(文明13)54歳で病死したとき,その報をきいた京都の貴顕は,〈為惣別珍重興,天下悪事始行張本也〉と日記に感懐を述べている。「孝景条文」は,文明年間の制定と推定され,いわゆる家法(分国法)の嚆矢である。積極性,効率的かつ実質的内容に富み,一読時代を切り拓くエネルギ一が肯ける。朝倉氏五代の館跡一乗谷は長期の発掘調査と史跡公園としての整備が進みこの地を訪れる人も年ごとに増えている。