●上地令 あげちれい
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1843年(天保14)天保の改革の際に,老中水野忠邦が発した土地政策に関する法令。水野は,逼迫した幕府財政に対して倹約と開発政策をもって臨んでいたが,さらに全国に分散している幕府直轄領を江戸と大坂の近郊(10里四方,大坂は5里四方ともいわれる)に集中し,幕府財政の健全化と収入の増加を図ると同時に,幕府直轄領における行政を強化し,江戸・大坂の治安維持を確固としたものにするという意図でこの令を発した。所領を上地された領主(大名・旗本)には,代償として物成三ッ五分以下の替地を与えるか,あるいは蔵米を与えるということが定められたが,紀州藩主をはじめとして,地方へ転封させられることになった諸大名や旗本の強い反対にあい,この法令は結局実施されずに終わった。この失敗が原因で,水野忠邦は1843年に老中職を免じられた。また,上地は「じょうち」とも読み,江戸時代にはしばしば幕府や諸藩が,家臣の所領の返還や没収にこのことばを用いた。