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●アーグラ

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 インドの中部ウッタル=プラデシ州西部,ヒンドスタン平原の上流部ジャムナ川西岸の商工業都市。1501年にロディー朝の首都となり,ムガル朝の始祖バーブルも一時アーグラに入った。第3代の王,アクバルが首都として都市づくりをしたので,一名アクバラーバード(アクバルの居城)ともいう。一時首都の座を失ったが,第5代のシャー=ジャハーンがこの地で即位して再びムガル帝国の首都となって,1658年アウラングゼーブのデリー遷都にいたるまで繁栄をつづけた。帝国崩壊期のアーグラは,周辺の諸勢力と中央の王朝との対立・抗争の舞台となった。1761年のスーラジマルのジャート族,1770年のマラータ族,1774年の皇帝軍などの占領につづいて1803年の東インド会社の攻略にいたる。その後,セポイの乱では,インド人の反乱軍の手中におちたこともある。なお,タージ=マハルを筆頭にアーグラ宮殿」・バール=モスク・アクバル廟などインド=イスラーム建築の遺跡が数多く残っている。