●悪人正機説 あくにんしょうきせつ
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悪人こそ阿弥陀仏の本願が救いの目当てとしていると説く考え方。主として『歎異抄』第3章に〈煩悩具足のわれらは,いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるをあはれみたまひて願をおこしたまふ本意,悪人成仏のためなれば,他力をたのみたてまつる悪人,もとも往生の正因なり〉と説くところによって説の根幹とするが,ここに〈正因〉と説くことが文章上,誤解を招きやすいため,『口伝鈔』に〈正機たる悪凡夫いかでか往生せざらん〉と説くところを取って,この説を整えたものである。自分の力で善根功徳を積むことができる者も救いの対象ではあるけれども,罪深い悪人を見放しては阿弥陀仏の本願の救いは善人に限られてしまう。それでは仏としての救いの絶対性はとらえられないから,その本願の永遠普遍の絶対性を強調するために,あえて悪人に目をむけ,悪人こそ往生の正機であるとしたもので,この考え方は親驚だけでなく師の法然にも見られるとされる。〔参考文献〕石田端麿『歎異抄−その批判的考察−』1981,春秋社