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●安芸 あき

アジア 日本 AD 

 広島県西部の旧国名。山陽道8カ国の一つ。東は備後(広島県),西は周防(山口県),北は石見(島根県)に接し,南は瀬戸内海。ふるくは阿岐国造が管掌していたと推測されるが,安芸国創設は1646年(大化2)の改新の詔のころとみてよい。国域の確定は734年(天平6)。国府は安芸郡安芸郷(府中町)。国分寺・国分尼寺は加茂郡加茂郷(東広島市)の西条盆地を選んで営まれた。式内社は速谷神社(阿岐国造の氏神)・伊都伎高神社・多家神社の3社。平安時代末期には平氏の支配下に入り,中世には武田・藤原・大内・毛利などの諸氏が守護となった。ことに毛利元就は安芸を統一し,ほとんど中国全域を征服した。その孫輝元は,1591年(天正19)広島城を築城したが,関ケ原の戦い後(1600)福島氏が城主となり,つづいて1619年(元和5)浅野氏の領国となった。藩政の中心は広島に置かれて明治維新に及んだ。維新による廃藩置県当時はいろいろの変動があったが,1876年(明治9)安芸・備後両国が広島県となる。

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