●アーガーハーン=ケルマーニー
アジア イラン・イスラム共和国 AD1853
1853〜96 イランの近代改革思想家。ケルマーンに生まれ,伝統的な教育を受け,モッラー=サドラーの哲学思想,シーア派の異端シャイヒー派の影響を受けた。ゾロアスター教に造詣が深く,英・仏語も早くから学んだ。シャィヒー派から出たバーブ教の革新運動に身を投じ,1883年,故郷を追われ,イスファハーンに逃れた。2年間そこに滞在したあと,テヘランに一時滞留,1886年以降,オスマン朝の首都イスタンブルに亡命した。ここで立憲思想を知り,イスタンブル在住のイラン人たちが出していたペルシア語新聞「アフタル」に多くの政治論説を寄稿した。ロンドン在住の立憲思想家マルコム=ハーンと親交があり,イスタンブルに滞在中のアフガーニーの影響を受けて,パン=イスラミズム的言動を盛んに行った。このことがオスマン朝政府の怒りを買い,逮捕。イランに強制送還され,1896年,タブリーズで処刑された。