●亜欧堂田善 あおうどうでんぜん
アジア 日本 AD1748 江戸時代
1748〜1822(寛延1〜文政5)江戸時代後期の洋風画家。本名を永田善吉といい,約して田善と称した。磐城国(福島県)須賀川の紺屋永田惣四郎の二男。兄の昆山から絵の手ほどきをうけ,長じて,画僧月僧や谷文晁について画を学ぶ。やがて洋風画に転じて司馬江漢とは別途に銅版画(エッチング)の技法を習得した。1796年(寛政8)松平定信の白河城下に移り,御用絵師となる。官命により,1810年(文化7)銅版『新訂万国全図』を完成した。リーディンガーの銅版画やルイケン父子の銅版画など外国製銅版画の模刻を試み,『曳馬図』『籠造り図』など多数を残す。江戸風景の連作に創作版画として,「金龍山図」など数多くの傑作あり,その写実的描法は注目に値する。肉筆洋風画には,『今月瓦焼図』(神戸市立博物館蔵)や,『浅間山図』(東京国立博物館蔵)などがあり,後者は装飾的な屏風絵を洋風画法で描いた大作。