●哀帝(前漢) あいてい
アジア 中華人民共和国 BC26
前26〜前1年(在位7B.C.〜1B.C.)中国の前漢第13代の皇帝。姓名は劉欣,諡は孝哀皇帝,陵名は義陵,父は元帝・傅昭儀の子である定陶恭王劉康で,母は丁姫。3歳で定陶王をついだ。幼少のころから名声があり,文辞・法律を好んだ。前8年(綏和1)に皇太子に立てられ,翌年に即位した。在位中数多くの官制の改名・改制を行った。外戚に移っていた政権の実権を取り戻して武帝・宣帝の治政にならうべく大臣をしばしば誅して皇帝の威厳を強めようとした。また,帝の祖母皇太太后傅氏,母丁姫らの一族が外戚として勢力をもつこととなり,元帝の嫡后王太皇太后とその一族の勢力は朝廷から排斥された。しかし哀帝は権勢をもたせなかったので成帝の世の王氏の権勢に及ばなかった。哀帝晩年の政治は萎縮して人心を失うことになった。太后・哀帝の死後王氏は勢力を取り戻した。