50音順    検 索

●会沢正志斎 あいざわせいしさい

アジア 日本 AD1782 江戸時代

 1782〜1863(天明2〜文久3)江戸時代後期の水戸藩士・儒学者。名は安(やすし),字は伯民(はくみん),通称は恒蔵,正志斎は号。10歳のとき藤田幽谷の門に入り,儒学と史学を学び,1799年(寛政11)彰考館に入って『大日本史』の編さんにあずかった。1824年(文政7)水戸藩領北部の大津浜(北茨城市)におこった異人上陸事件に際し筆談役としてイギリス人と接触,危機感を強め,その翌年『新論』を著した。これは幕末尊王攘夷運動に大きな影響を与えた著作として知られている。藩主徳川斉昭が推進した天保の藩政改革には藤田東湖らとともに尽力,郡奉行・御用調役・彰考館総裁を歴任。また1840年(天保11)には藩校弘道館の初代教授頭取(総裁)となったが,1844年(弘化1)の斉昭の失脚に際し罰せられて職を退いた。のち弘道館教授に復し,本禄・役料合わせて450石を給された。安政年間(1854〜1860)の尊攘派の分裂では鎮派に属し活躍。著書には『新論』のほか『諳夷問答』など多数。