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●相沢事件 あいざわじけん

アジア 日本 AD1935 昭和

1935年(昭和10)8月12目白昼、陸軍省軍務局長永田鉄山が陸軍歩兵中佐相沢三郎に同局長室で襲われ斬殺された事件。大川周明北一輝安岡正篤など猶存社の流れを受けた民間ファシストが皇道派青年将校グループに接近、1930年浜口首相を東京駅頭で狙撃する事件を皮切りに、相次いでテロ行為が繰り返された。相沢事件の直接の原因は皇道派統制派の対立であった。つまり統制派林銑十郎陸相が永田らの主張にもとづき皇道派の排除を企て、教育総監真崎甚三郎を罷免(ひめん)したことへの復讐である。しかし、実際には満州事変(1933)以後、陸軍が発言力を強め、軍部ファシズムの形成と大陸侵略戦争の基本的布石を確立するために、皇道派青年将校たちのテロリズムを利用したのである。この事件以後、統制派皇道派の対立はいっそう激化し、相沢三郎の軍事裁判が最高潮に達したとき、将校1,400人を動員した大クーデタ二・二六事件(1936)が勃発した。公判はこの事件のため一時中断されたが、翌年7月に死刑が執行された。