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●愛国婦人会 あいこくふじんかい

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 近代日本の婦人団体で当初は軍事援助事業を目的としてつくられた。北清事変の慰問使の奥村五百子により,出征軍人の慰問と軍人遺家族の援護に立ちあがってつくられたもの。奥村の熱心な説得により,近衛篤麿,大山捨松らを中心に,1901年(明治34)に発会している。初代会長は岩倉具定夫人久子で,創立趣意書は下田歌子が書き,1903年(明治36)に閑院宮智恵子妃を総裁としている。機関誌「愛国婦人」を刊行した。奥村は全国遊説して会員拡大につとめ,たちまち日本一の婦人団体となり,慰問袋作製,兵士送迎につとめた。同会は在郷軍人会とともに,日本の銃後を固める組織として軍事援護に力をつくし,上流階級夫人を中心とした身分秩序尊重の組織として社会事業につとめた。しかし第一次世界大戦後は,さすがに一部大衆組織化の動きに抗しえなかったが,それでも婦人報国運動の枠内にあった。

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